前川ほまれ著の『跡を消す』を読んで、死を身近に考え、生き方を見つめ直す。

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こんにちは!グアテマラのNPOで活動している吉澤海(@kaiyoshi328)です。

みなさんは「死」の現場に直面したことはありますか?
僕自身、「死」の現場に直面したことがあるかと言われたら、おそらくないでしょう。
ただ僕はグアテマラで住んでいる中で、数度事件現場を目撃することはありました。
亡くなってしまった方、その隣で悲しみに暮れる遺族や関係者の方。

普段はあまり身近に感じておらず、あまり考えてもいない「死」というものを目の当たりにすると、「自分もいつ「死」を迎えるのかわからないな」という不安と「自分はまあ大丈夫だろう」という思い込みが頭の中で駆け巡ります。

大丈夫だろうと思っていても、人生いつ何が起こるかはわからないですよね。
死ぬとは思っていない人が急に亡くなってしまうこともあります。

僕は今までグアテマラで生活をしていて、ほとんど危険な目に遭っていないのですが、本当に幸運なことなんですね。

そんな「死」についてや「生き方」を考えさせられる、興味深い本があったので読んでみました!
前川ほまれさん著の『跡を消す』です!

生き方が人それぞれであるように、人の死もそれぞれです。
この本を読んで、人が生きてきた証、それを残すってどういうことなのか、自分はどういった「死」を迎えることになるのだろうと考え、「自分はまだ死を現実として捉えることができていないな」と感じました。

今回は、「死」について、本のあらすじを紹介しながら、自分の感じたことを綴っていきます。

「死」をよりリアルに考えてみる。

本のあらすじ

フリーターが特殊清掃という仕事につき、孤立死や自殺など、わけありの亡くなり方をした人たちの部屋を片付け、その死の現場から「死とはなにか」を主人公が考え、変わっていくお話です。

気ままなフリーター生活を送る浅井航は、
ひょんなことから飲み屋で知り合った笹川啓介の会社
「デッドモーニング」で働くことになる。
そこは、孤立死や自殺など、わけありの死に方をした人たちの
部屋を片付ける、特殊清掃専門の会社だった。
死の痕跡がありありと残された現場に衝撃を受け、失敗つづきの浅井だが、飄々としている笹川も何かを抱えているようで――。

生き方が違うように、死に方は人それぞれ違う

この本を読んでいると、死に方にも様々あることがわかります。
孤立死、自殺、事故、他殺、病気など。

主人公の浅井は、様々な死の現場に行き、人が生きてきた証を消していきます。
その人が死ぬ前にやりたかったことを知り、自殺する前や生前の行動から亡くなった方の気持ちを考えます。

果たして、死ぬ前にやりたかったことができ、いつでも後悔せずに死ぬことができる人はどれくらいいるのだろうか。
いうて、まあまだ死なないでしょ。本当にこの考えが僕の根底にあります。
つまりは、自分が死ぬってことをまだ受け入れてきれてないんです。

でも、人って死ぬんですよね。それこそ突然に。

自分はどんな最後を迎えることができるだろうか。
自分で最後を選べるなら、どんな死に方がいいのか。
そのときどんな人が自分の周りにいるのだろうか。

自分の「死」と向き合い、自分の死に方を見据えることで、自ずと生き方も変わっていきます。
僕はできれば、自分が愛し、愛されている人々に見守られながら、死にたいという気持ちがあります。
そうなると老衰になるのかな?でも、長生きでなくてもいいなとも思います。
辛いのも痛いのも苦しいのも嫌だから、眠ったように死ぬとかは理想的。
こんなことを書いてると、自分自身かなりわがままだなと思いますね。。。

ただ、これを目指すとなると、愛される人々に見守られるには、まずは自分で自分を愛すること、そして人を愛することが自分の理想とする死に近づきますし、眠ったように死ぬなら、それまで病気にかからないくらい健康的でいないといけませんね。

そして、突然死ぬことも考えると、いつ死んでもいいように、伝えたいことは伝え、やりたいことは行動に移していくことが大事ですね。

普段の思考がどんな言葉を発するかにつながる。

「優しい言葉なんて存在しない、あるのは優しく聞こえる言葉だけ」

この言葉を読んだときに、言葉って呪文のようで、その人の受け取り方次第で意味が変わってくるものだなぁと思いました。

例えば、「頑張ってください。」とかは、良い例だと思います。
良い意味で取れば、「応援してくれている!」ともなりますし、
悪い意味で取れば、「頑張ってるのに、何でそんなこと言われなきゃいけないの?」ともなります。

本の中では、主人公浅井が自殺した息子の母に使った言葉について、優しい言葉のつもりだったけど、それが逆に相手を追い詰めていたんじゃないか。と考える場面があります。
相手への配慮や想像力が足りなかったこその、「優しく聞こえる言葉」だったわけです。

僕は普段どんな言葉、どんなことを話すのかは、その人の普段の思考に基づくと考えています。つまりは、普段の思考が会話にも繋がっているってことです。さらに言うと、それが行動にも繋がっています。

普段どんな言葉を使っているのか、その言葉がどんな影響をもたらすのか、想像を働かせることが重要です。

大切な人が笑顔でいるため、自分の命をどう使いますか?

自分の命と交換しても、生きていてほしい人っているかい?

こちらは本の中で一番心揺さぶられたフレーズです。

人の命は儚いもので、いつその灯火が消えるかはわかりません。
そして死は誰しもに訪れます。

どうやって死ぬのかを考えることは大事かもしれませんが、さらに大事なのは死を迎えるまでの命をどう使うのかです。
僕自身、今自分の命と引き換えに生きて欲しい人を考えると、自分に正直になれていないだけだと思いますが、言葉に詰まります。

そんな状態でも、自分の命は日々消費しているんですよね。
僕は大切な人のために、その人が笑顔でいるために自分の命を使えることが、幸せに繋がると考えています。

そして、その幸せを共有できることが生きていた証にも繋がり、今を生きているという実感につながるのではないでしょうか。

さいごに

今回『跡を消す』を読んで、そもそも特殊清掃という仕事、それがどのような仕事なのか今まで全く知らず、このような死の現場を清掃する仕事もあるのかと、改めて自分の無知を知りました。

そして、様々な「死」に関するエピソードから、改めて自分の生き方を考えるきっかけにもなりました。

ぜひ、皆さんにも読んでみて頂きたいです。

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